主権はその肩にあり、
その名は「不思議」と呼ばれる。   イザヤ 9・6

最初、主は私たちと一緒ですが、私たちは主の支配に服従しません――そこで、この箇所は未来時制で書いてあります。「主権はその肩にあるでしょう」――しかし、いつ? おそらく今日、あるいは明日! 実際、すぐに私たちは主による統治の法律を守ります。そのときまで、私たちは反逆者なのです。
しかし、私たちが主の主権を受け入れるとき、あらゆるものが変化します。まだ、主のことをそれほど理解していないかもしれません、しかし、私たちは新しく見いだした喜びの中で知った、「その名は『不思議』と呼ばれる!」と言います。これは、目の覚めるような私たちの経験を最も完全に表現できる名前です。

祈り

主よ。私の目を開いてください。
あなたの律法から、奇しいことを見せてください。
あなたの命令を私に隠さないでください。      (詩篇 119ギメル)