Nazareth

イエスは、いっしょに下って行き、ナザレに来て、両親に仕えられた。
母はこれらのことばをみな、心の中に留めた。              ルカ 2・51

ナザレでのイエス。霊的に解釈すれば、「下って行く」ことは、内なるまたは高い状態から低い状態へ移動することを意味します。ガリラヤのナザレは、私たちの外なるまたは自然的な生活を表わします。
私たちに関連させるなら、イエスが宮を、すなわち私たちのいのちの霊的な側を去られたことは、私たちの日々の活動の中に私たちとともにおられることを描いています。ここでイエスは、私たちみんなが経験する圧迫や緊張に服従され、あらゆる人生の困難を私たちとともに分かち合われました。マリヤの「これらのことばを、心に留める」ことにより、主のみことばいつも大切に思う、イエスへの私たちの内なる愛が表わされます。

祈り

主よ。あなたの恵みが、あなたの救いもまた、
あなたの言われたように、私にやって来ますように。       (詩篇 119ワーウ)